過敏性腸症候群
過敏性腸症候群
大腸に潰瘍や炎症などの目に見える異常が認められないにもかかわらず、下痢や便秘や腹痛の症状が起こる病気です。ストレス、生活の乱れ、腸内細菌の乱れによっておこると言われています。
精神的なストレスがかかった時に突然お腹が痛くなり、下痢や便秘が見られるという典型的なエピソードであれば、問診だけで診断は可能です。過敏性腸症候群は10代、20代の若年者でも見られる病気ですので、大腸がんやポリープのリスクが低い若年者では大腸カメラを行わずに治療開始することも可能です。一方で、40代以上の方は、大腸カメラをした上での診断をお勧めしています。
下痢型と便秘型で治療薬が変わります。お腹の動きのバランスをとるお薬や整腸剤、時にはストレスを和らげる安定剤などを使用します。2018年には便秘型の過敏性腸症候群に対してリンゼス®というお薬が使えるようになりました。また、近年は腸内細菌の働きが注目されており、糞便移植にも期待がされています。食事療養も効果が期待でき、低FODMAP食(発酵性食品や難消化性繊維質を避ける食事)が注目されています。低FODMAP食により、腸内のガス産生が少なくなり、腹部膨満感やガスによる腹痛の軽減効果が得られる可能性があります。下に低FODMAP食の例を提示していますので、これらの食事を避けてみて、お腹の調子がどうなるか確認してみてください。
過敏性腸症候群は、男性では下痢、女性では便秘が多いといわれていますが、大腸の動きが関連する症状になぜ性差が出るのかこれまでよく分かっていませんでした。最近、この性差による症状の違いのメカニズムが少しわかってきました。ラットを使った実験レベルでの話ですので、少し専門的になりますが少しお付き合いください。大腸内に痛み刺激を与えた場合、痛み刺激が一次求心性ニューロン、上行性侵害受容経路を通じて脳に伝わります。脳は痛み緩和のため、下行性疼痛抑制経路を通じて神経伝達物質を脊髄に放出します。この神経伝達物質の成分が性別に異なることが明らかになりました。雄ではドパミンやセロトニンが放出され、脊髄の排便中枢を活性化し大腸運動を促進します。一方、雌ではドパミンは放出されずセロトニンとγアミノ酪酸(GABA)が放出され、結果として大腸運動を促進しない。これはGABAが脊髄排便中枢を抑制し、セロトニンによる活性化の効果を打ち消しているためと考えられます。なお、大腸への有害刺激に応答してGABAが女性特有に働くのは卵巣ホルモンによるものとされています。
この知見によって、将来的にはストレスにより発生する下痢や便秘を改善する薬を、性別により選択することにつながりオーダーメイド治療の道を開くことが期待されます。
情動形成において腸脳相関の重要性を示す科学的根拠が増加しています。話をシンプルにしますと、腸内細菌に善玉菌が多くなると、活発になり体調が良くなり、悪玉菌が多くなると鬱々とした気持ちになり体調も悪くなるということです。私たちはある意味腸内細菌によって情動が支配されているとも言えるわけです。腸内細菌と腸脳相関については、ストレスによりノルアドレナリン放出など生体からの刺激により細菌の毒性や数が変化(悪玉菌の増加)し、その産生物(炎症物質など)が生体に影響を及ぼす「脳–腸–細菌相関」という概念が示されています。過敏性腸症候群の方にビフィズス菌株を投与した群はプラセボを投与した群よりも不安スコアと生活の質が改善していることが示されています。腸内細菌を整えることで、腸と脳の連携が良くなり症状が改善することが期待されます。腸内細菌を良くするためには、高糖質・高脂質な食事(ジャンクフード)は控え、食物繊維をしっかり摂りましょう。近年は腸内細菌に着目した、糞便移植という治療も検討されています。